産業医と医師の違いとは?仕事内容、権限強化、意見書の効力について紹介!

産業医の権限

産業医と医師の違い

「会社にいるお医者さん」というイメージのある産業医ですが、実は産業医と医師は役割や行なう対応などが大きく異なります。そのため、すべての医師が産業医として働くことはできません。

それぞれの役割を簡単に説明すると、従業員に対して「働けるか、働けないか」の判断をするのが産業医、病気や怪我の診断や治療をするのが医師です。

ここでは、産業医と医師の違いについて詳しく解説します。

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産業医は医師免許を持っているが医療行為はできない

産業医は医師でもあるため、当然ながら医師免許を持っています。しかし、産業医という立場で業務に携わる場合は、医療行為は行なってはなりません。

例えば、検査、診断、薬の処方、ワクチン接種などは医療行為にあたります。そのため、産業医として従業員にこれらの行為を行なうことはありません。ただし、企業内に診療所があり、診療録を作成している場合は産業医も医療行為を行なえます。

産業医になれるのは一定の要件をクリアした者のみ

1996年の労働安全衛生法改正にともない、産業医は従業員の健康管理を行なうために必要な医学の知識について、一定の要件をクリアした者であることが定められました。一定の要件とは、以下のとおりです。

  • 厚生労働大臣が指定している産業医学基礎研修(日本医師会)と産業医学基本講座(産業医科大学)を終了している者
  • 労働衛生コンサルタント試験(試験区分:保健衛生)に合格した者
  • 大学で労働衛生に関する科目を担当する教授や准教授、常勤講師または準ずる経験がある者
  • 産業医の養成課程がある産業医科大学またはその他の大学で必要な過程を修めて卒業し、その大学が行なう実習を履修した者

出典:産業医とは | 公益社団法人 東京都医師会

つまり、医師免許取得に加えて上記の要件をクリアし、産業医資格を取得した場合に限り、産業医として業務を行なえます。

産業医は中立の立場で助言を行なう

産業医はあくまでも中立の立場で業務を行なうことが基本です。事業者と従業員の間に立ち、どちらかの意見に偏らないように双方の意見や状況を確認したうえで、医学的知識を持つ専門家として対応します。

一方の医師は、患者やその家族に寄り添い、彼らの意向に沿って治療方針を決定したり、必要なアドバイスをしたりするケースがほとんどです。

産業医と医師は活動場所や契約方法が異なる

産業医のおもな活動場所は企業内で、企業内に常駐したり、嘱託でその都度企業に訪問したりします。

企業と「業務契約」を結び、従業員の健康を守るために指導やアドバイスをしますが、診断や治療は行ないません。そのため、必要に応じて専門の医療施設の受診を勧めることもあります。

一方、医師の活動場所は、病院やクリニックなどの医療施設です。患者と「治療契約」を結び、その患者に対して病気の検査・診断・治療を行ないます。

産業医は事業主への勧告権を有する

産業医は従業員の健康維持のため、必要に応じて事業主に勧告を行なえます(労働安全衛生法第13条第5項)。

また、事業主はその勧告を尊重し、内容を衛生委員会または安全衛生委員会院会に報告して、適切な対応を検討しなければなりません(労働安全衛生法第13条第5項、第6項)。

対して、医師は患者の職場環境や業務内容を詳しく知らないケースがほとんどです。そのため、事業主に対する勧告権は持っていません。

産業医には「復職できるか」を判断する役割がある

冒頭でも説明したとおり、産業医の役割は従業員が「働けるか」「働けないか」を判断することです。産業医の役割は、職場の安全や従業員の健康を守ること、とされています。

例えば、休職している従業員が復職の意思を最初に伝えるのは、病院や診療所などで患者の診察や治療に従事している医師です。しかし、医師は職場の状況を知らないため、日常生活や仕事ができるレベルであれば復職の許可を出します。

ただし、医師は従業員が置かれている職場の状況を知らない段階で復職許可を出している状態です。そのため、該当の従業員が通勤を含めて就業できる状態にあるか、産業医が本当の意味で復職の可否を判断します。

医師と産業医は仕事内容も大きく異なる!産業医の仕事内容10選

産業医の仕事内容は医療施設に勤務している医師とは異なります。産業医の仕事は企業内で行なわれ、詳しくは労働安全衛生規則第14条に以下のように定められています。

・健康診断の実施と結果に基づく従業員の健康を保持するための対応
・面接指導や必要な措置の実施、また、結果に基づく従業員の健康を保持するための措置
・心理的負担の程度を把握するためのストレスチェックや面接指導を実施し、結果に基づく従業員の健康を保持するための対応
・作業環境の維持管理に関連すること
・作業管理に関連すること
・上記以外で従業員の健康管理に関すること
・健康教育・健康相談・その他従業員の健康保持増進を図るための措置
・衛生教育に関すること
・従業員の健康障害における原因調査、再発防止のための措置

出典:労働安全衛生規則第14条

本章では、具体的な産業医の業務を紹介します。

1.衛生委員会への出席と助言

産業医は衛生委員会・安全衛生委員会のメンバーとして出席し、必要に応じて助言をします。こういった委員会は原則、毎月1回以上開催する必要があります

職場の様子を把握したり、職場巡視以外の機会で助言できたりするため、衛生委員会や安全衛生委員会には産業医が出席することが望ましいとされています。

ただし、産業医の出席は義務ではありません。産業医が出席しない、または、出席できなかったときは議事録で情報共有をしましょう。

2.衛生講話の実施

健康や衛生面での管理の大切さを知ってもらうために、新入社員研修や安全衛生委員会などの場で産業医が従業員のために行なう研修を衛生講話といいます。

衛生講話のテーマに取り上げるのは、企業が希望する内容(例:メンタルヘルス)や季節にあった内容(例:熱中症など)です。また、出席する従業員によって、内容を調整することもあります。

なお、衛生講話を行なう頻度や開催方法などに法的な決まりはありません。そのため、企業が希望するテーマを取り上げる、もしくは産業医からテーマを打診して、その都度講話の内容を決定します。

3.職場巡視の実施

職場環境は業種だけでなく企業内の部署ごとでも異なるため、従業員が健康的な環境で仕事ができるよう、少なくとも月1回のペースで職場巡視を行ないます。巡視する単位は部署ごと、フロアごと、工場ごとなどさまざまです。

なお、職場巡視でチェックすべきポイントは事業場によって異なります。具体的には、整理整頓がされているか、温度や湿度は適切か、不快なにおいがないか、といった項目を確認します。

職場巡視の際のおもなチェック項目

項目 チェックポイント
4S 整理整頓され、清掃を行い清潔が保たれているか
温熱環境 温度や湿度は適切か、冷暖房環境は適切に稼働しているかなど
照度 一般事務は最低500ルクス、設計業務では1500ルクス以上か
作業場の環境 安全通路は確保されているか、配線など電機用具は安全に管理されているかなど
VDT作業 パソコンと目の距離、画面への映り込みの有無など
トイレの衛生環境 においや破損などの有無
休養 休憩時間があり、取れているか
休憩室 ゆっくり休むことができる場所が確保されているか、においや汚れなどがなく衛生的か
AEDや消火器 AEDや消火器の場所が適切か

問題点があった場合はその場で職場の責任者に伝え、以前の指摘が改善されているかもチェックしましょう。また、衛生委員会や安全衛生委員会でも問題点と改善後を報告します。

4.定期健康診断の結果確認と就業判定の実施

定期健康診断の結果で異常があると判定された従業員の就業判定を行なうのも、産業医の役割です。業務に支障が出る可能性がある、休養が必要であると判断された従業員に対しては、「意見書」を発行します。

意見書が出た場合、事業主は直属の上司や人事担当者と連携しながら必要な措置を検討しましょう。例えば、業務上の配慮、休職中の定期的な産業医面談などの措置は、従業員の健康保持において非常に重要です。

企業は労働基準監督署に「定期健康診断結果報告書」を提出しなければいけません。ただし、2020年8月から定期健康診断結果報告書やストレスチェック、その他書類も産業医の押印が不要になりました。

5.健康相談の実施

健康診断後や通常時でも従業員から申し出があった場合、産業医による健康相談(産業医面談や産業医診察という)を行ないます。また、ストレスチェックで高ストレス者と判定された従業員本人が、健康相談を申し出た場合も実施対象です。

なお、保健師や看護師が対応してから産業医につなげるといったように、企業によって健康相談のプロセスは異なります。

6.休職前・中の面談

従業員の体調や勤務状況などから休職が必要であると判断された場合には、産業医が休職前・休職中に面談を行ないます。本人からの申し出があれば休職に向けて対応しますが、責任感が強い、決断ができないなどの理由で休職を選択しない従業員も珍しくありません。

このようなケースで産業医面談を行なう際には、安心して休職に入れるよう環境を整えることが大切です。具体的には、直属の上司や人事担当者にも面談に同席してもらう、休職中の企業側の対応を具体的に共有する、といった配慮が必要です。

また、休職中は従業員の健康状態に合わせて復職に対する思いを尋ねたり、現在の健康状態を確認したりしましょう。場合によっては、医師から診断書が提出されることもあるので、診断書の内容も含めて検討することが必要です。

7.復職面談の実施

従業員から復職の希望があれば、産業医が復職面談を行ない、復職の可否を判断します。復職にあたって就業上の配慮が必要な場合は、それらについても併せて決めることが大切です。

8.ストレスチェックの実施

産業医はストレスチェックの実施者として、計画から実施・終了まで携わります。ストレスチェックには産業医だけではなく、保健師や看護師、実施実務従事者が関わるため連携して行ないましょう。

9.高ストレス者への面談対応

産業医はストレスチェックの結果、高ストレス者と判断された本人から申し出があった場合に面談対応を行ないます。従業員の状態によっては、就業制限を行なったり、休職の判断を下したりすることも考えられるでしょう。

10.長時間労働者への面談

時間外・休日労働時間が1ヵ月当たり80時間を超え、申し出をした従業員に対しても面談を行ないます。さらに、100時間を超えた従業員は申し出がなくても面談対象です。

また企業は、面談指導を行なった産業医の意見を聴取し、改善が必要と判断した場合には、速やかに事後措置を講じなければなりません。

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産業医の権限は年々強化されている!2019年以降の変化について

労働安全衛生法や労働基準法の改定が行なわれたことにより、年々、産業医の権限が強化されています。

なぜなら、過労死といったリスクを見逃さないために、産業医による面接指導や健康相談、それにともなう企業側の措置検討や対応などを確実に実施していく必要があるからです。

産業医の権限が弱いと、「復職前の面談で半日勤務と判断されても、実際に復職をしてみると復職前と変わらない勤務形態や仕事の内容だった」といった事態も起こり得ます。しかし、産業医の権限が強化されれば、上司や復職に関わる担当者の認識が変わることにもつながるでしょう。

また、これまでは事業者が従業員からの健康相談に応じ、必要な措置を講ずることは、あくまで「努力義務」の範囲でした。しかし現在では、健康リスクが高い状態にある従業員に対して、確実に面接指導等が実施できるよう、企業として体制を強化することが求められています。

一方で、産業医は企業内で中立性・独立性を保つことが期待され、産業医の活動をしやすくするために、さまざまな権限が明確化されるようになりました。例えば、産業医に必要な情報が提供されること・産業医による衛生委員会への積極的な提言、などです。

ただし、産業医に従業員を解雇する権限はありません。産業医はあくまで助言をするという位置付けです。

産業医の意見書の効力

現代の企業において産業医は大切な存在ですが、産業医の意見や意見書は法的な拘束力を持ちません。

しかし、意見を無視したことで従業員に万一のことがあった場合、企業の責任が問われる可能性もあります。そのため企業側は、産業医の意見も含めて適切な判断をすることが大切です。

産業医と医師の「意見違い」が発生した場合はどうなる?

従業員が復職を希望する際には、まず医師が作成した診断書が必要です。そのあと、産業医が面談を行ない、医師の診断書をもとに復職の可否や復職にともなう配慮の必要性などの点について意見書を作成し、企業に提出します。

その際、医師は「復職可能」としていても、産業医は「復職不可」としている、といった「意見違い」が発生する場合もあるでしょう。

医師は日常生活においての回復具合から復職の可否を判断しますが、従業員の職場環境や業務内容について詳しく知っているわけではありません。対して、産業医は職場で必要な業務遂行能力があるかを精査して意見書を出します。

医師の診断書と産業医の意見書とで意見が違っていても、一致していても、従業員の復職を認めるかどうかの最終判断を行なうのは企業です。

したがって、企業は安易に診断書の内容だけで判断せず、双方の意見や従業員の実情を把握し、十分に精査したうえで復職の可否を決定する必要があります。

まとめ

産業医と医師はどちらも、人の命や健康を守る重要な職種である点に変わりはありません。しかし、実際行なう業務や立場など、異なる部分があるのも事実です。

産業医は企業内で従業員の健康管理を行ないますが、基本的に医療行為は行ないません。双方の違いを把握していないと、産業医の対応に疑問を感じたり、産業医とうまく連携できなかったりする可能性もあるため注意しましょう。

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