パワハラ(パワーハラスメント)は安全配慮義務違反になる?
パワハラが安全配慮義務違反にあたるかは、それぞれの定義を確認したうえで慎重に判断する必要があります。そこでまずは、「安全配慮義務」と「パワハラ」の定義、過去の事例などについて紹介します。
そもそも安全配慮義務とは
安全配慮義務とは、労働者が健康で安全に働けるように、企業側が必要な配慮をすることです。安全配慮義務については、「労働契約法第5条」「労働安全衛生法第3条第1項」に定められています。
仮に、安全配慮義務に違反した場合でも法的な罰則などはありませんが、従業員やその家族から損害賠償を請求されるおそれがあります。
安全配慮義務は従業員が1人でもいれば発生するため、事業者は使用者としての責任を理解し、確実に対応する必要があります。
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厚生労働省のWebサイト(あかるい職場応援団)では、パワハラの定義を以下のように説明しています。
職場のパワーハラスメントとは、職場において行われる(1)優越的な関係を背景とした言動であって、(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、(3)労働者の就業環境が害されるものであり、(1)から(3)までの3つの要素を全て満たすものをいいます。
なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しません。
出典:あかるい職場応援団『「ハラスメント基本情報」ハラスメントの定義』
(1)の「優越的な関係」とは、上司と部下、先輩と後輩、集団と個人などのことを指します。その他、同僚や部下という関係性であっても、業務を遂行するのに必要な能力や経験を持っていて、その人がいなければ業務を進められない場合には「優越的な関係」といえます。
つまり、「優越的な関係を背景とした言動」とは、業務遂行にあたり、事実上、抵抗や拒絶ができない状況を背景に行なわれる言動のことを指します。
次に、「(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」の例として、以下のようなケースが挙げられます。
- ミスに対して度を超えた不適切な言動で叱責、罵倒する
- 業務上明らかに必要のない言動(いじめや嫌がらせ)をする など
ただし、(2)はその言動の目的や経緯など、さまざまな状況や要素から総合的に判断する必要があるため、ハッキリとしたラインが存在せず、一律に「これが悪い」とはいえない部分があります。
そして、「(3)労働者の就業環境が害される」は、雇用するすべての労働者に対して適用されます。「同じ言動をされたとき、大多数の人がどのように感じるか」が判断基準になっているため、こちらもハッキリとした線引きはありません。業種や現場の状況に応じた、臨機応変な判断が必要です。
パワハラで安全配慮義務違反となった事例もある
総合的に判断して、「パワハラの放置は安全配慮義務にあたる可能性が高い」といえます。実際に、パワハラに対して必要な対策を講じず、従業員の健康や安全を守れなかった企業が安全配慮義務違反に問われ、損害賠償の請求や裁判に発展したケースもあります。
従業員の間で起きたパワハラに対して、企業は何らかの措置を講じなくてはなりません。事業者や企業担当者はパワハラの状況を把握して対処しなければ、安全配慮義務違反となるおそれがあることを理解し、早急に対策を検討しましょう。
それはパワハラ?見極めが難しいケースも少なくない
前述のとおり、パワハラには明確な線引きがなく、判定が難しいケースもあります。そこで、以下のような代表的な類型を一つの目安にするとよいでしょう。
ただし、これらはあくまで典型例です。実際にパワハラが発生した際には、状況や背景などの要因を含めたうえで、慎重に検討する必要があることを忘れないでください。
パワハラの6つの類型
パワーハラスメントには、代表的な言動として「6つの類型」があります。
身体的な攻撃
殴打、足蹴り、相手に物を投げるなどの暴行や傷害を行なうこと
精神的な攻撃
人格を否定するような言動、必要以上に長時間にわたる激しい叱責を行なうなどの暴言や脅迫を行なうこと
人間関係からの切り離し
1人の従業員に対して、集団で無視して職場で孤立させるなどの仲間外しや隔離をすること
過大な要求
新入社員に必要な教育を行なわないまま、到底達成できないレベルの業績目標を課し、到達できないと厳しく叱責するなど、明らかに遂行不可能な業務を強制すること
過小な要求
業務上の合理性なく、個人の能力や経験とかけ離れた程度の低い業務や雑用を行なわせる、仕事を与えないなどの嫌がらせをすること
個の侵害
労働者の個人情報を、本人の了承を得ずに他の労働者に暴露する、労働者を職場内外で監視するなど、個人のプライバシーに過剰に立ち入ること
パワハラの判定基準
パワハラの判定は上記の類型を基準に行なわれますが、類型の内容だけで判定することはできません。例えば、「身体的な攻撃」があったからといって、それがパワハラに該当するとは限らないのです。
「相手に物が当たった」としても、「意図的に物を投げつけた場合」と「誤って物が当たってしまった場合」では状況が異なります。パワハラの有無は、前述した「パワハラの定義3要素のすべてを満たすかどうか」で判断します。
パワハラ対策は事業者の責務である
パワハラは個人の人権を傷つけ、健康と安全を脅かすだけでなく、企業の人材損失や社会的なイメージ低下につながる行為です。そのため、2019年に労働施策総合推進法が改正され、2022年4月からはすべての企業でパワーハラスメント防止措置が義務化されました。
また、事業者はセクシュアルハラスメント(セクハラ)など、パワハラ以外のハラスメントに対する防止措置を実施しなくてはいけません。
企業が積極的にハラスメント対策に取り組めば、従業員の心身の健康維持や、職場環境の改善による生産性向上・離職率低下などにつながり、結果的に経営の維持・発展が期待できます。
「義務だから行なう」のではなく、企業と自社の従業員を「守るため」に対策を進めるという意識が大切です。
安全配慮義務違反となる前に!3つのパワハラ防止策
安全配慮義務違反を避けるには、まずは以下の3つの防止策を徹底しましょう。
パワハラ対策について方針を周知徹底する
まずは、パワハラ対策について社内の従業員への周知徹底に努めましょう。事業者が先頭に立ってパワハラ対策の方針を従業員に伝えることで、抑止効果が期待できます。ハラスメント対策の基本は「予防すること」です。
そのためには、「パワハラを許さない」という事業者の方針や対処の内容を、就業規則や社内のハラスメント規定などに明文化しましょう。さらに、ホームページや社内報、パンフレットなどにも記載、配布して、従業員への周知・啓発を進めます。
また、ハラスメントを行なった者には厳正に対処する旨を就業規則などに明文化することで、ハラスメントの発生を予防します。
企業が一丸となってパワハラ対策に取り組むことを宣言し、パワハラに該当する例やパワハラを行なった者に対する措置についても、従業員へ繰り返し周知・啓発を進めていきましょう。
パワハラ対策の研修を行なう
パワハラの線引きが曖昧なために、「どこからがパワハラ?」「指導しているつもりだが、パワハラと受け取られないか」といった不安を感じる管理監督者は少なくありません。
そのため、パワハラが実際に起きる前に研修を実施し、パワハラの正しい知識や対策への理解を深めることが重要です。
立場や状況によって必要な知識や対策が異なるため、研修を行なう際には、管理監督者向けと従業員向けに分けて行なうようにします。
また、パワハラ防止のための取り組みは、雇用形態に関わらず講じる必要があるため、非正規の従業員(パート、アルバイト、派遣社員など)に対しても研修を実施しましょう。
実際、パワハラの事例は「グレーゾーン」のものが多いため、すぐにパワハラと判定することはできません。しかし、繰り返し正しい知識と対応を学び、共通認識でパワハラ対策に取り組むことで、パワハラの起きない職場を作ることができます。
相談しやすい環境を整備する
パワハラが起きてしまったときのために、相談窓口を用意しておくことも重要です。しかし、相談窓口や担当者を準備するだけでは意味がありません。
相談を受けたときに速やかに対応できるよう、対応マニュアルを用意しておいたり、担当者にあらかじめ教育を受けさせておいたりすることが望ましいでしょう。
また、相談窓口と産業保健スタッフ(産業医、保健師など)の間で十分な連携が取れる体制を整備することも重要です。
「上司に相談したことがバレるかもしれない」「同僚に知られたくない」といった従業員でも相談しやすくするために、社外に相談窓口を設けるのも効果的です。外部委託も可能なため、社内での窓口の充実が難しい場合は導入をおすすめします。
安全配慮義務を果たすために!パワハラへの対処法と注意点
パワハラは従業員の健康と安全を脅かし、企業経営に大きな悪影響を与えるため、十分な対策が必要です。企業が安全配慮義務を果たすためにどのような対処を行なうべきか、注意点も合わせて確認していきましょう。
被害者への対処は速やかに行なう
被害者の訴えのなかには、パワハラがあったとは断定しづらいケースも少なくありません。しかし、パワハラを受けた本人は心身に大きな傷を負っているため、対応が遅れると取り返しのつかない事態になるおそれもあります。
パワハラ問題に対処するのは容易ではありませんが、問題が発覚した際には、速やかに必要な措置を行なわなくてはなりません。
パワハラが起きていることを確認できたら、まずは被害者の心身のケアに努め、必要があれば配置転換や業務内容の調整、産業医との面談設定、専門の医療機関の紹介などを行ないましょう。
被害者に不利益な取り扱いを行なわない
すべての事業者はパワハラの相談をしてきた従業員に対して、相談を理由とした不利益な取り扱いを行なってはいけません。
例えば、社内でパワハラが起きている事実を伝えた従業員に対して、解雇や不当な異動、降格、左遷などを行なうことは法律で禁止されています。不利益な取り扱いを行なわない旨をあらかじめ従業員に周知しておくことで、相談しやすい環境を整えることができます。
ただし、気をつけていても結果的に不利益な取り扱いになってしまうケースもあるため、注意が必要です。企業側が配慮したつもりで被害を受けた従業員の環境を変えたり、休職させたりしても、従業員自身はそうした取り扱いを望んでいない可能性があります。
従業員の実情や希望をしっかり聞き取り、最も適切な措置を講じることが大切です。
関係者のプライバシー保護を徹底する
パワハラ対策では、被害者と行為者、両者のプライバシーを保護することが重要です。パワハラに関わった従業員のプライバシーを守ることは、従業員が安心して就業を継続するために必要なサポートといえます。
また、プライバシー保護の徹底を従業員へ周知することで、問題の早期発見、早期対応にもつながるはずです。
ただし、発生したパワハラについて第三者に事実確認をする場合には、被害者と行為者の承諾を得る必要があるため注意しましょう。
行為者への対処を適切に行なう
パワハラが事実であった場合には、就業規則・服務規律などにしたがい、懲戒処分を行なうのが基本です。しかし、就業規則に定めがなければ、処分するのは難しいでしょう。
悪質なパワハラに厳正に対処するためにも、就業規則に罰則などについて明記し、その旨を周知することが重要です。
さらに、行為者に対しては、パワハラの自覚を促す必要があります。行為者がパワハラを起こした原因や環境、背景を確認し、必要に応じて行為者の心身のケアや配置転換などの措置を行ないます。
パワハラは起きないことが一番ですが、起きてしまった場合には、速やかな対処が必要です。問題解決後は再発防止に努め、パワハラのない職場作りに向けて、繰り返し見直しや改善を行ないましょう。
まとめ
パワハラ防止法が施行されたことを受けて、各企業でパワハラ対策が進められています。パワハラ対策には「ここまでやればOK」という明確な線引きはありませんが、安全配慮義務の遂行を意識し、一つひとつの事例に向き合うことで、従業員の心身の健康を守ることができます。
パワハラの放置は安全配慮義務違反にあたる可能性が高いことを理解し、全社一丸となって積極的なパワハラ対策に乗り出しましょう。
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