産業医面談をきっかけに、従業員本人から異動の相談を受けたり、主治医の診断書とともに異動を希望されたり、産業医から配置転換の意見書を渡されたりする場面は、人事労務担当者にとって珍しくありません。産業医の勧告や意見書には事業者の尊重義務がありますが、最終的な異動の判断は企業が行うものであり、対応を誤ると安全配慮義務違反を問われるおそれもあります。
本記事では、産業医の異動勧告(勧告権)の法的根拠を整理したうえで、従業員本人からの相談・主治医の診断書を伴う希望・産業医からの意見書という3つのシナリオ別に、人事・従業員・産業医それぞれの対応を解説します。
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この記事でわかること
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【1】産業医の異動勧告(勧告権)の法的根拠と、意見書・指導助言との違い -
【2】従業員本人からの相談・主治医の診断書・産業医の意見書、3つのシナリオ別の企業対応 -
【3】勧告や意見書に対応しなかった場合に企業が負いうるリスク -
【4】勧告と退職勧奨の違いなど、よくある疑問への回答
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そもそも産業医の異動勧告(勧告権)とは?法的根拠と意見書との違い
産業医の異動勧告とは、産業医が法に基づき事業者に行う異動を内容とする勧告です。労働安全衛生法第13条第5項は、産業医が労働者の健康確保のために必要な勧告を事業者に行えると定めており、事業者にはこれを尊重する義務があります。ただし勧告そのものに従業員を異動させる法的な強制力はなく、実際に異動させるかどうかの判断は企業が行います。勧告の詳しい行使フローや、勧告を無視した場合の具体的な訴訟リスクについては、産業医の勧告権とは何か、無視した場合の影響を解説した記事で扱っているため、本記事では面談で異動の話が出た際の実務対応を中心に解説します。

(図:配置転換をめぐる3つのシナリオの違い)
(編集部作成)
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産業医の勧告権の法的根拠(労働安全衛生法第13条第5項・第66条の5)
産業医の勧告権は、労働安全衛生法第13条第5項に明記されています。条文は次のとおりです。
産業医は、労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができる。この場合において、事業者は、当該勧告を尊重しなければならない。
事業者は、前項の勧告を受けたときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該勧告の内容その他の厚生労働省令で定める事項を衛生委員会又は安全衛生委員会に報告しなければならない。
この規定により、勧告を受けた事業者は内容を衛生委員会等に報告する義務も負います。また、健康診断の結果に基づく就業上の措置については、産業医面談の結果を踏まえて労働安全衛生法第66条の4に基づく医師の意見聴取を経たうえで、同法第66条の5が次のように定めています。
事業者は、前条の規定による医師又は歯科医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか、作業環境測定の実施、施設又は設備の設置又は整備、当該医師又は歯科医師の意見の衛生委員会若しくは安全衛生委員会又は労働時間等設定改善委員会(労働時間等の設定の改善に関する特別措置法(平成四年法律第九十号)第七条に規定する労働時間等設定改善委員会をいう。以下同じ。)への報告その他の適切な措置を講じなければならない。
就業場所の変更、つまり異動が措置の選択肢の一つとして条文上に明記されている点がポイントです。もっとも、これらの措置をどの程度実施するかは事業者の判断に委ねられています。
「勧告」「意見書」「指導・助言」の違い
労働安全衛生法上、産業医が事業者や衛生管理者に対して行う専門的な発信には、勧告のほかに指導・助言もあります。労働安全衛生規則第14条第3項・第4項は、勧告と指導・助言、そして勧告等を理由とする不利益取扱いの禁止について次のように定めています。
産業医は、第一項各号に掲げる事項について、総括安全衛生管理者に対して勧告し、又は衛生管理者に対して指導し、若しくは助言することができる。
事業者は、産業医が法第十三条第五項の規定による勧告をしたこと又は前項の規定による勧告、指導若しくは助言をしたことを理由として、産業医に対し、解任その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない。
勧告は、労働安全衛生法第13条第5項に基づき産業医が事業者に対して行うものです。一方、労働安全衛生規則第14条第3項にある指導・助言は、総括安全衛生管理者ではなく衛生管理者へ向けたもので、対象者と重みづけが異なります。実務で目にする「意見書」は、労働安全衛生法第66条の4に基づく医師の意見聴取の場面などで産業医が作成する文書であり、勧告そのものとは根拠条文が異なります。いずれの文書も事業者に一定の対応を促す点は共通していますが、事業者を直接的に法的拘束するものではありません。
産業医面談はなぜ実施される?異動・配置転換の相談につながる主な場面
産業医面談は、労働者の健康を確保する目的で実施されます。当初から異動を目的とした面談ではなくても、面談の過程で異動や配置転換の話につながりやすい典型的な場面があります。主な場面は次のとおりです。
- 健康診断の結果に異常所見が見られた場合
— 産業医が通常勤務の可否や時短勤務・休業などの措置の要否を判断し、企業に意見を伝えます。所見の内容によっては、就業場所の変更や異動の検討につながることがあります。 - ストレスチェックで高ストレス者と判定された場合
— 産業医が心身の状態やストレスの原因を確認し、必要に応じて医療機関の受診を促します。人間関係や業務内容がストレス要因になっている場合、異動の相談に発展しやすくなります。 - 長時間労働が続いている場合
— 産業医は労働者の健康状態を確認し、本人や企業へ指導・助言を行います。業務量が特定の部署に偏っている場合は、配置の見直しが話題にのぼることもあります。
いずれの場面も、面談の主目的はあくまで健康確保であり、異動はその結果として検討される選択肢の一つです。
従業員本人が面談で異動を相談してきたときの産業医・企業の対応
従業員本人が体調不良やストレスを理由に、面談の場で異動を相談してくることがあります。産業医面談には守秘義務があるため、本人の同意なく相談内容が企業に伝わることはありません。産業医は必要に応じて、業務負荷や勤務時間、人員配置などの観点から企業に異動の必要性を伝えることがありますが、最終的な異動の判断や異動先の決定は企業の人事が行います。詳しくは、産業医面談の目的や話す内容を解説した記事もご覧ください。
産業医が確認すべきこと・伝え方の工夫
産業医は、従業員から異動の相談を受けた際、まず異動を希望する理由を具体的に確認します。表面的な訴えだけで判断すると課題を見誤るおそれがあるため、次のポイントを意識しながら丁寧に聞き取ります。
- 理由の深掘り
— 「人間関係が合わない」といった抽象的な理由だけでなく、具体的な状況を確認します。従業員が言語化できていない場合は、傾聴しながら一緒に整理します。 - 医療機関の受診勧奨
— 心身の不調が疑われる場合は、健康診断の結果に応じた二次健康診断や、かかりつけ医のない高ストレス者への医療機関紹介など、専門的な診察につなげます。 - 診断書提出の後押し
— 産業医の意見だけでなく主治医の診断書もあわせて提出したほうが企業が判断しやすい旨を伝え、受診が次のステップの障害にならないよう配慮します。
受診をためらって放置すると、体調悪化により労働災害の発生につながるおそれもあるため、初めて精神科・心療内科の受診に抵抗を感じる従業員には特に丁寧な説明が求められます。
企業(人事)が押さえておくべきポイント
従業員から異動の相談を受けた企業側にも、実務上確認しておきたい観点があります。相談窓口の運用や外部の産業保健サービスを活用する際に人事からよく挙がる質問には、次のようなものがあります。
- 相談内容はどこまで人事に共有されるか
— 産業医面談には守秘義務があるため、本人の同意なく詳細が共有されることはありません。人事が把握できるのは、就業上の措置に関する意見など、本人の同意を前提とした範囲にとどまります。 - 外部の産業保健サービスに委託しても対応の質は落ちないか
— 産業医と連携する体制や記録の引き継ぎ方法をあらかじめ確認しておくと、委託後の対応にばらつきが生じにくくなります。 - 異動の判断にどれくらい時間がかかるか
— 産業医への確認や関係部署との調整が必要なため、相談を受けてから対応方針を決めるまでに一定の期間を要することを、あらかじめ従業員にも伝えておくと不満につながりにくくなります。
主治医の診断書とともに異動を希望されたときの企業対応
従業員が現在の部署の環境が疾患に影響していると考え、主治医から配置転換に関する診断書が出されることもあります。診断書があるからといって、ただちに異動させる必要はありません。主治医は実際の職場環境や異動先の状況まで把握しているわけではなく、症状の観点から必要性を判断しているためです。産業医面談を実施し、現部署での業務遂行が本当に難しいのかを産業医の視点からも確認したうえで判断することが望ましいといえます。
産業医面談の前には、本人の同意を得たうえで産業医から主治医に連絡し、情報共有を行うとよいでしょう。従業員数が少なく異動が難しい企業でも、情報を共有することで異動以外の業務上の措置を検討できる余地が生まれることがあります。異動が難しい、または不要と判断した場合は、従業員が納得できるよう丁寧に説明することも企業側の対応として重要です。診断書の位置づけについては、産業医への診断書提出に関する記事もあわせてご覧ください。
産業医から配置転換の意見書(異動勧告)を出されたときの企業の対応
産業医から配置転換の意見書が提出された場合でも、必ず異動させなければならないわけではありません。配置転換の最終的な決定権は企業にあり、意見書の内容をそのまま実行する義務はありません。ただし、産業医が配置転換が必要と判断した背景には、現部署での勤務を継続することで症状が悪化するおそれがあるという事情が考えられます。意見書を受け取ってから対応を決定するまでの一般的な流れは次のとおりです。意見書の書式や記載事項については、産業医の意見書の書き方を解説した記事で詳しく紹介しています。

(図:産業医の意見書(異動勧告)への企業対応5ステップ)
(編集部作成)
意見書には必ず従わなければならない?最終決定権と尊重義務
結論として、産業医の意見書に必ず従う法的な義務はありません。最終的な異動の決定権は企業にありますが、産業医の意見を尊重する義務があります。この尊重義務は労働安全衛生法第13条第5項に定められており、勧告そのものに従業員を異動させる法的な強制力はありません。厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」でも、休業からの職場復帰に関しては最終的に事業者が決定を行うとされており、産業医の意見を踏まえたうえで最終判断を下すのは事業者であるという整理は、異動勧告の場面にも通じる考え方といえます(同手引きは休業からの職場復帰を扱ったものであり、異動勧告そのものについて直接述べたものではない点に留意が必要です)。
異動が難しい場合に検討したい代替案(時短勤務など)
配置転換の希望に対し、人員体制や業務の専門性の都合ですぐには異動させられない場合もあります。そうしたケースでも、次のようないくつかの代替案を検討する余地があります。
- 時短勤務
— 就業時間を短縮し、負荷を軽減しながら現部署での勤務を継続する方法です。 - 業務内容の一部変更
— 異動を伴わずに、負荷の大きい業務を減らしたり担当替えをしたりする方法です。 - 一時的な配置転換
— 恒久的な異動ではなく、期間を区切った配置転換を検討する方法です。
産業医は各部署の業務内容をすべて把握しているわけではないため、最終的な判断は企業が行いますが、対応しない場合のリスクを踏まえて検討することが重要です。
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産業医の勧告・意見書を無視するとどうなる?企業が負うリスク
産業医の勧告や意見書を確認しないまま放置すると、企業は複数のリスクを負う可能性があります。労働契約法第5条は、事業者に労働者の安全への配慮を義務づけています。
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
産業医の勧告や意見書を無視して従業員の症状が悪化した場合、この安全配慮義務違反を問われるおそれがあります。メンタルヘルス不調と安全配慮義務の関係については、メンタルヘルス対策と安全配慮義務を解説した記事で詳しく解説しています。産業医の勧告権の行使フローや、勧告を無視した場合の具体的な訴訟事例については、産業医の勧告権について解説した記事をご覧ください。
産業医の勧告権と退職勧奨の違い
産業医の「勧告」と、退職を促す「退職勧奨」は、しばしば混同されますが法的な性質が異なります。厚生労働省は退職勧奨について次のように説明しています。
退職勧奨は、労働契約を終了させることの「申込」であり、これに「承諾」するかどうかは労働者の自由です。
退職勧奨とはどのようなものでしょうか|厚生労働省「スタートアップ労働条件」
一方、産業医の勧告は労働安全衛生法第13条第5項に基づき、事業者に対して行う専門的な意見具申であり、事業者は尊重義務を負うのみで、勧告そのものに労働契約を変更・終了させる効力はありません。両者の違いを整理すると次のとおりです。
| 項目 | 産業医の勧告 | 退職勧奨 |
|---|---|---|
| 相手方 | 事業者 | 労働者本人 |
| 法的性質 | 事業者への意見具申(尊重義務のみ) | 労働契約終了の申込(労働者が承諾するかは自由) |
| 従う義務 | 尊重義務はあるが強制力はない | 労働者に応じる義務はない |
よくある質問(FAQ)
産業医の異動勧告や意見書に関して、人事担当者からよく寄せられる質問をまとめました。
- Q,産業医の異動勧告を拒否できますか?
- A
産業医の勧告は事業者に対する専門的な意見具申であり、法的な強制力はありません。ただし、健康上のリスクを把握しながら対応しないままにすると、安全配慮義務違反を問われるおそれがあります。拒否する場合も、代替となる措置を検討することが望ましいといえます。
- Q,勧告の内容は本人(従業員)に開示されますか?
- A
勧告は産業医から事業者に対して行われるものですが、勧告の背景には従業員本人の健康状態に関する情報が含まれるため、本人の同意なく詳細を無制限に開示することはできません。本人にどこまで共有するかは、個人情報保護の観点も踏まえて慎重に判断する必要があります。
- Q,意見書と勧告は同じものですか?
- A
根拠となる条文が異なるため、同じものではありません。勧告は労働安全衛生法第13条第5項に基づき事業者へ向けて行われるのに対し、意見書は健康診断後の意見聴取などの場面で産業医が作成する文書です。いずれも事業者に一定の対応を促しますが、事業者を直接的に法的拘束するものではありません。
- Q,産業医の勧告により異動になった場合、従業員の同意は必要ですか?
- A
異動そのものは企業の人事権に基づく措置であり、産業医の勧告があるからといって同意取得の要否が変わるものではありません。ただし、本人の健康状態を踏まえた異動であることを丁寧に説明し、納得を得ながら進めることが望ましいといえます。
産業医面談での異動相談や意見書対応に迷ったときは、産業医と産業看護職の2名体制で支援するリモート産業保健にご相談ください。ストレスチェックや衛生委員会運営の支援まで人事労務担当者様の産業保健業務を幅広くサポートし、産業医の選任・交代をご検討の際にもおすすめの1冊です。
まとめ
産業医の異動勧告や意見書は、事業者に尊重義務はあっても法的な強制力を持つものではなく、最終的な異動の判断は企業が行います。もっとも、対応を誤ると安全配慮義務違反を問われるおそれがあるため、従業員本人からの相談、主治医の診断書を伴う希望、産業医の意見書という3つのシナリオそれぞれで、産業医の意見を踏まえながら対応を検討することが重要です。個別の状況について医学的な判断が必要な場合は、契約している産業医に相談してください。自社に産業医がいない、あるいは面談やフォローに十分な時間を割けないという企業では、月額3万円〜で産業医と産業看護職の2名体制の支援を受けられるリモート産業保健のような外部サービスを活用する選択肢もあります。



