そもそもウェルビーイングとは?
「ウェルビーイング(Well-being)」とは、「身体的、精神的、社会的に満たされた良好な状態」を指す言葉です。
ウェルビーイングは、1948年に発効した「世界保健機関(WHO)憲章」の前文で「健康とは、完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態」と言及されたほか、2015年に採択された「SDGs(持続的な開発目標)」の17の目標の一つにも含まれています。
ウェルビーイングが注目を集めている理由
昨今、働き方改革により、長時間労働の防止や高齢者雇用の拡大などが推進されるようになりました。さらに、新型コロナウィルス感染症の感染拡大によりテレワークが普及したことで、労働者が多様な働き方を選択できるようになりつつあります。
このような働き方の変化に企業が適切に対応するためには、ウェルビーイングの観点を取り入れる必要があったのです。
企業がウェルビーイングに取り組む意味
企業がウェルビーイングに取り組み、多種多様な働き方を認めるとともに、働きやすい環境を整えれば、従業員満足度や労働生産性は大きく向上するでしょう。
また、ウェルビーイングの取り組みにより、従業員が個々に合った働き方を選択して、心身ともに健康的に働けるようになれば、人材流出を防ぐことにもつながります。職場環境が良く、離職者も少ないといった良い評判が広まれば、優秀な人材の確保もしやすくなるでしょう。
従業員のウェルビーイングを守る姿勢を示すことで、企業の社会的な評価も高まります。自社の永続的な繁栄を実現するためにも、企業はウェルビーイングに積極的に取り組むべきといえます。
ウェルビーイング向上のために指標を活用しよう
国民生活の豊かさや幸福度を評価する際には、しばしばGDP(国内総生産)が指標として用いられます。
しかし、GDPはあくまでも生産量を示す指標であるため、「生活の質」という意味での豊かさを計測するには不十分です。したがって、労働者の身体的、精神的、社会的な幸福度を示すウェルビーイングの指標には適していません。
実際に、欧州委員会などによる「Beyond GDP」の国際会議が2007年に開催され、GDPを超えた新たな指標が必要との認識が示されました。
さらに、2010年にはイギリスが国内のWell-beingの状況をMeasuring National Well-beingプログラムで可視化したり、2011年にはOECDがスティグリッツ委員会の提言を受けてBetter life Initiative(より良い暮らし指標の意)プロジェクトを立ち上げ、暮らしの11分野について計測・比較できるようにしたりする取り組みが行なわれました。
各指標の詳細については、次章以降で詳しく解説します。
ウェルビーイングの指標(1)ギャラップ社「5つの要素」
ウェルビーイングを測る指標の一つとして、世界規模で調査やコンサルティングを行なうアメリカのギャラップ社が提唱した「5つの要素」が挙げられます。
ここでは、ウェルビーイングの効果なども交えて「5つの要素」について解説します。
Career well-being(キャリア ウェルビーイング)
Career well-beingとは「自身のキャリアに関する充実感や幸福度」のことです。
Career well-beingで定義する「キャリア」には、仕事での経験に限らず、奉仕活動や育児、勉強、趣味など、私生活で継続している経験も含みます。
キャリアの構築につながる活動をとおして達成感を得ることで、人間の幸福度は高まる、という考えに基づいた要素です。
Social well-being(ソーシャル ウェルビーイング)
Social well-beingは、「人間関係に関する幸福度」を指します。会社やプライベートで良好な人間関係を築くことで、人は精神的に安定し、幸福を感じられるようになるという考え方に基づいています。
Social well-beingを高めるためには、家族や友人、職場の同僚、上司など、自分を取り巻く人々と密接にかかわり、「信頼」と「愛情」を感じることが重要です。
企業側は、率先してイベントなどを開催し、従業員同士がコミュニケーションを取れる機会を提供する必要があります。
Financial well-being(フィナンシャル ウェルビーイング)
Financial well-beingは「経済的な幸福度」のことです。具体的には、安定した収入を得られているか、経済的に落ち着き、満足かつ安心して生活できているか、といった点が考慮されます。
言い換えると、自身のキャッシュフローを把握したうえでの将来設計ができており、現状の暮らしに見合った資産管理ができている状態、ともいえるでしょう。
Physical Wellbeing(フィジカル ウェルビーイング)
Physical well-beingとは「肉体的・精神的な幸福度」を表します。エネルギーに満ち、体を自由に動かせる状態のことです。
また、心が明るく、前向きな状態で日々を過ごせているか、心身ともに満たされ、仕事にやりがいを感じているか、といった点も判断材料になります。
Community well-being(コミュニティ ウェルビーイング)
Community well-beingとは「地域社会での幸福度」のことです。家族や友人、学校、職場といった、所属するコミュニティに自分のつながりがあるか、充実度が得られているか、といった点が重要な要素になります。
身のまわりの誰かとかかわり、コミュニティの一員として充実感を持って活動できているか、ということを示す指標ともいえるでしょう。
ウェルビーイングの指標(2)世界幸福度ランキング
ウェルビーイングを測る2つ目の指標は、国連機関による「世界幸福度ランキング」です。
「世界幸福度ランキング」とは、国連機関の「持続的な開発ソリューションネットワーク(SDSN)」が毎年発表しているランキングのことです(2012年から2014年を除く)。
世界幸福度ランキングでは、150以上の国と地域の、それぞれ約1,000人に対して調査が行なわれ、幸福度を数値化した「世界幸福度報告」をもとにランク付けがなされます。数値化される項目は、以下のとおりです。
GDP(国内総生産)
GDP(国内総生産)は、国の経済的な豊かさの指標です。国民の富裕度がどの程度かを測ることができます。
Social support(社会的サポート)
家族や友人など、困ったときに頼れる場所があるかなどを測る指標です。社会的に取り残されていないか測る指標にもなります。
Healthy life expectancy(健康寿命)
健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」を意味します。「平均寿命」とは異なり、食料面や衛生面が整っているか、必要な医療が行き届いているかなども評価される点がポイントです。
Freedom to make life choices(社会的自由)
思想的、宗教的、社会的な場面で、人生における選択の自由度が高いかを示す指標です。選択肢が多ければ多いほど、幸福で豊かな人生が送れるという考え方に基づき、幸福度の指標の一つとされています。
Generosity(寛容さ、気前の良さ)
欧米では、他者への慈善活動は「寛容で心が広い方の行為」とみなされ、幸福度の指標の一つとされています。具体的には、慈善団体に対する寄付金額とGDPからの推計値の比較が、評価対象となっています。
Perceptions of corruption(汚職、政治の腐敗)
国がクリーンで適切な政策を実施している場合、国民の幸福度は高くなります。この項目の幸福度は、「汚職は政府全体に広がっているか」「汚職は企業全体に広がっているか」という質問に対する回答の平均値で示されます。
ウェルビーイングの指標(3)ポジティブ心理学「PERMA理論」
次に、アメリカの心理学者マーティン・セリグマンが考案した指標を紹介します。この指標は、5つの要素の頭文字を取って「PERMA理論」と呼ばれています。
Positive emotion(ポジティブ感情)
ポジティブ感情とは、「うれしい」「楽しい」「愛」「感謝」といった積極的で前向きな感情を表します。ネガティブな感情を打ち消したり、思考や行動の選択肢を広げたりするなど、人生の幸福度を向上させる要素が含まれた感情のことです。
Engagement(物事への関わり・没頭)
没頭とは、時間を忘れるほど物事に集中することです。没頭することで物事を楽しめるようになるうえ、作業効率が良くなったり、生産性が向上したりする効果も期待できます。
Relationship(豊かな人間関係)
他者とのかかわりやつながりというものは、人の幸福度に大きく影響します。特に、家族や友人といった身近な相手との人間関係が良好であれば、幸福度は非常に高くなるでしょう。
Meaning(人生の意味・目的)
価値観や人生の目的など、人間の根本に関する幸福度を指す要素です。何に価値を見出すか、何を優先するのかなどを明確にすることで、この観点におけるウェルビーイングが高まります。
Accomplishment(達成感)
物事を達成したときの幸福感の高まりを表す要素です。高い目標を設定して達成した際には、特にこの幸福度が高まります。
ウェルビーイングの指標(4)内閣府「Well-beingダッシュボード」
内閣府は、日本のウェルビーイングを把握し政策運営に活かしていくことを目的として、2019年より「満足度・生活の質に関する調査」を実施しています。
この調査結果をもとに、「満足度・生活の質を表す指標群(Well-beingダッシュボード)」が公表されました。ここでは、その指標群とそれぞれの分類の詳細を紹介します。
家計と資産
可処分所得金額、金融資産残高、生涯賃金
雇用と賃金
完全失業率・有効求人倍率、正規雇用数・不本意非正規雇用数、所定内給与額・最低賃金額
住宅
延床面積、家賃・地代(収入に占める割合)、住宅保有率
仕事と生活(ワークライフバランス)
実労働時間(一般労働者)、長時間労働者割合(週49時間以上)、年次有給休暇取得率
健康状態
平均寿命・健康寿命、糖尿病が強く疑われる者の割合、生活習慣病による死亡者数の推移、運動習慣がある者の割合
教育環境・教育水準
大学進学率、学習到達度の国際順位、社会人入学者数(大学・大学院)
社会とのつながり
ボランティア行動者率、個人寄付総額、交際・付き合いの時間
自然環境
騒音の環境基準適合率、微小粒子状物質(PM2.5)、水質の環境基準達成率、森林率、1人あたりの都市公園面積の推移
身の周りの安全
刑法犯発生件数(認知件数)、交通事故死亡者数、自然災害による死者・行方不明者数
子育てのしやすさ
保育所待機児童数、育児休業取得者の割合、合計特殊出生率
介護のしやすさ・されやすさ
介護保険サービスの受給者の割合、介護休業制度の規定のある事業場の割合・ 介護離職率、介護・看護時間
参考:満足度・生活の質を表す指標群(well-beingダッシュボード)
ウェルビーイングの指標を導入する際の注意点
ウェルビーイングを測る指標には、国連機関が定めたものから心理学者が提唱したものまで、さまざまあります。
しかし、自社にこういった指標を導入する前に、社内の現状を把握することを忘れないようにしましょう。「何のためにウェルビーイングを目指すのか」を明確にし、自社の従業員に合った考え方や施策を柔軟に選択することが重要です。
また、指標を導入するにあたっては、「ただ導入して終わり」にならないよう注意しましょう。企業には、継続して指標を運用することで、従業員が心身ともに充実して働ける環境づくりに努めることが求められています。
定期的に進捗を確認し、評価を行ないながら施策の改善を重ねることで、ウェルビーイング経営は社内で定着していくでしょう。
まとめ
この記事では、ウェルビーイングの基本的な考え方や指標となるもの、ウェルビーイング経営によってどのような効果がもたらされるのかについて解説しました。
ウェルビーイング経営を導入することで、従業員は心身ともに充実して働くことができるようになり、企業のイメージアップや採用力の強化、生産性の向上にもつながります。
指標の導入にあたっては、社内の現状を把握したうえで目的を明確にし、自社の従業員に合った施策を選択することが重要です。
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